就農者インタビュー

Start Farming

自営就農

いつまでも働き続けられる農業に魅かれて

井上志穂さん(43歳)
[土佐清水市/施設キュウリ農家]

農業を目指したキッカケ

私は千葉県の出身です。自動車整備士を経て、10年以上、地元企業のレストランに勤めていましたが、30代後半の頃、準社員の雇用年齢が60歳から55歳に引き下げられました。ちょうど老後資金は1000万円と言われ始めた頃で、正社員でもなかった私は、定年を過ぎても働ける職を持ちたいと考えるようになりました。また、食事のために1時間超えでも平気で待つ人々を目の当たりにし、食べること(農業分野)は需要が消えない仕事、農業で生計を立てたい、と思うようになりました。

農業の基礎知識を学びたい

そこで、千葉県農業者総合支援センターに相談、紹介された農業法人に就職しましたが、収穫した露地野菜を洗う水が4月でも冷たく、体が冷えて腰痛が再発、退職することとなりました。
しかし、農業への思いは消えておらず、次の就農先や品目を考えた結果、消去法で野菜に絞りました。
一方、法人で勤務していた時、農大出身の先輩従業員との基礎知識の差を痛感しました。私は、やる気はあるけれど、圧倒的に基礎知識が足りない。そこで農業を学ぶ手段を検索し、高知県立農業担い手育成センター(以下、担い手センター)が開催する「こうちアグリスクール」にたどり着きました。
「こうちアグリスクール」は、東京と大阪で週1回、全5回のシリーズで開催された講座です(現在はありません)。軽い気持ちで受講しましたが、ここまで教えてくれるのか、というほど情報が濃く、さらに12月から入校できるタイミングの良さもあって、担い手センターへの入校を決め、高知へ向かいました。

高知県立農業担い手育成センターでの学びと品目選定

担い手センターでは、高知県の主要施設野菜数品目の栽培を教わります。元肥施用から、耕うん、畝立て、定植、肥培管理、収穫、片付けまで1サイクルを1年で学ぶことができます。他にも管理機、トラクター、運搬車等の操作方法や整備点検等を学べる機械研修もあります。些細な疑問や知らない単語も丁寧に教えてくれました。
各品目には特性があり、トマトハウスは長時間いると喉がいがらっぽくなる。ナスは、指に棘が刺さる。ピーマンとシシトウはクシャミが出る。キュウリは葉がゴワゴワしているけど、顔を突っ込んでも許せる範囲。同時に、生育やリカバリーの速さも気に入り、自分の栽培する品目をキュウリに決定しました。

土佐清水市は人との距離感が最高

井上志穂さん

土佐清水市を選んだ決定打は人との距離感の良さです。当時付き合っていた今の旦那さんのところに遊びに行った時、近所の人に「どこから来たの? 千葉? それは遠いとこから来たねぇ。ゆっくりしてってねぇ」と、それ以上根掘り葉掘り聞かれない距離感が心地いいと感じました。次に移住者が多い点。そして、女一人で農業をやると目立つ。当時37歳で若い、自己資金も持っている、成功すればモデルケースとして有効活用できるので、万が一の時、行政は味方になってくれる、という打算もありました。関係機関との打ち合わせで「本当に一人でやるの?」と聞かれたのですが、担い手センターの職員さんが「井上さんならできます」と答えてくれたので、話がスムーズに進みました。その後のマッチング研修で、土佐清水市のキュウリ農家3名の元で5日ずつ研修し、お師匠さんとなる方を決めました。

農家研修中の就農準備は難航

農家研修は、担い手センターで学んだことの実践です。休みなく1年中働く体力を作る期間であり、イレギュラーが起きたときの対処も教わりました。
農地探しは半年ほど難航しました。旦那さんに関係機関と話をしてもらったことで、日当たりが良く、広さも希望通り、出荷場にも近い畑を見つけてもらいました。また、ハウスの見積もり作成も難航しました。女性一人だと軽く見られるので、後ろに誰かいる、というハッタリも必要でした。父親に電話で助言を求めたり、研修先のお師匠さんに打ち合わせの場に同席してもらうことで、私の希望通りの形となっていきました。
ちなみに、就農にあたって「農業次世代人材投資資金」の「準備型」と「経営開始型」を活用しました。また高知県の単独事業を活用し、ハウス建設費の一部を補助してもらいました。その他、無利子・無担保で活用できる青年等就農資金も活用しました。

キュウリ経営の実際

井上志穂さん

予定では、自己資金を500万円残してスタートしたかったのですが、実際は残り100万円でのスタートとなりました。お金は、あればあるほど安心できます。1年目はハウスの完成がギリギリとなり10月定植でしたが、通常なら9月定植、その1ヶ月後から収穫が始まり、6月まで続きます。夏休みは7月から8月頃に1ヶ月程度とれます。
農機具について、軽トラと管理機は、関係機関の方等から安く譲っていただきました。トラクターは、近所の稲作農家の方が「この時期は使っていないから」とご厚意で貸してくださっています。
作業はほぼ一人です。旦那さんには農協に出荷に行ってもらったり、家事をしてもらっています。作業時間については、10月から3月くらいまでは、朝5時から夕方6時まで。昼の休憩時に自宅で仮眠し体力の回復を図ります。3月から6月までは朝4時でも明るいのですが、ハウスが暑くなる10時前に収穫を終わらせ自宅でクールダウン、日が傾き始める3時くらいから、辺りが暗くなる夜7時まで作業といった感じです。男性と同じ仕事量は不可能なので、手を抜けるところはガンガン抜きます。例えば、ハウス外周は防草シートで覆い、草刈りを省力。キュウリの誘引位置は高い方が高収入が得られますが、踏み台を使った作業は手間だから、私の目線の高さで揃えます。ずっと作業に集中できるよう、潅水や天窓開閉も自動化。年金受給年齢を超えるまで農業を続けられるよう、今後も省力化や効率化を模索していくつもりです。
キュウリはきちんと世話をしたら確実に利益になりますが、逆にさぼっていても、すぐ結果として出てしまいます。私の場合、初年度は失敗するだろうと言われましたが、予想以上の金額が通帳にありました。成果が見えると、仕事そのものが楽しくなります。

最後に伝えたいこと

基礎知識を習得し、行政をうまく活用すれば就農できると思います。自己資金がなかったら貯めるのもありですが、自分が何歳まで農業ができるかを視野に入れて計画を進めてください。